カスハラ(カスタマーハラスメント)とは?事例と対策を詳しく解説

近年、顧客からの過度な要求や迷惑行為を指す「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が社会問題として深刻化しています。単なるクレームとは異なり、従業員の心身に大きな負担を与え、企業の運営にも悪影響を及ぼす可能性があるため、適切な対策が急務となっています。
この記事では、「カスハラ」の定義からその影響や具体的な事例、そして企業が取るべき対策について詳しく解説します。
カスハラ(カスタマーハラスメント)とは?
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、顧客や取引先、施設の利用者などによる、社会通念上許容される範囲を超えた言動によって、従業員の就業環境が害されることを指します。
厚生労働省の指針では、次の3つの要素をすべて満たすものをカスハラとしています。
- 職場において行われる顧客等の言動であること
- 業務の性質その他の事情に照らして、社会通念上許容される範囲を超えたものであること
- それにより、労働者の就業環境が害されること
カスハラが注目されている理由は?
近年、顧客による不当な要求や暴言、いわゆる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が従業員の心身に大きな負担をかけ、深刻な社会問題となっています。
その背景には、「お客様は神様」という価値観の弊害や、SNSの普及でクレームが拡散しやすくなったことに加え、社会全体のストレス増大も指摘されています。これは従業員の離職や企業の生産性低下にも直結するため、経営上の重大なリスクと認識されるようになりました。
こうした事態を受け、行政も対策を進めています。東京都では2025年4月にカスハラ防止条例が施行され、事業者に体制の整備や手引の作成などを努力義務として求めています。
さらに2026年10月には国の労働施策総合推進法の改正により、カスハラを防ぐための雇用管理上の措置が全事業主に義務づけられました。企業と行政が連携し、働く人が安心して業務に従事できる環境を社会全体で整備していくことが、今まさに求められているのです。
カスハラとクレームの違い
カスハラとクレームは、いずれも顧客が商品やサービスへの不満を伝える点で共通していますが、その言動が社会通念上許容される範囲かどうかで区別されます。
- クレーム:商品やサービスへの不満や改善要望を、社会通念上許容される範囲で伝えるもの(正当な申入れ)
- カスハラ:業務の性質などに照らして社会通念上許容される範囲を超えた言動で、労働者の就業環境が害されるもの
国の指針では、顧客等からの苦情のすべてがカスハラに当たるわけではなく、客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われたものは正当な申入れであり、カスハラには当たらないとしています。
企業はこの線引きを明確にし、適切な対応を行うことが重要です。
カスハラが企業や従業員に与える悪影響
カスハラは、対応する従業員個人の問題にとどまりません。放置すると企業全体の生産性の低下やブランドイメージの毀損といった経営リスクにもつながりかねません。
ここでは、カスハラが企業や従業員に与える主な悪影響について解説します。
従業員のパフォーマンスが低下する
カスハラは従業員の心身に強いストレスを与え、業務効率の低下を招く恐れがあります。
厚生労働省の「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」によると、顧客から著しい迷惑行為を受けた労働者の63.8%が「怒りや不満、不安などを感じた」と回答しています。また「仕事への意欲が減退した」と回答した人は46.1%と半数近くに達しました。
カスハラによるストレスは心身の不調を引き起こすこともあります。同調査では、顧客からの迷惑行為によって労働者の16.7%が「眠れなくなった」、5.7%が「会社を休むことが増えた」と回答しており、その影響が明らかになっています。
このようにカスハラによる精神的・身体的なストレスは、従業員のモチベーションやパフォーマンスに悪影響を及ぼします。
電話対応や謝罪で時間を浪費する
電話によるカスハラ対応は、相手との直接的なやり取りが続くため、対応が長時間に及ぶことがあります。結果として、理不尽な要求に答え続けたり、執拗な詰問に応じたりする必要が生じ、多くの時間を費やすことになります。不当な謝罪を求められる場面も少なくありません。
対応後も上司への報告や関係部署との連携、対応記録の作成など、事後処理に時間を取られます。本来行うべきコア業務にあてる時間が削られ、担当者だけでなくチーム全体の業務効率低下を招く要因となります。
ほかの顧客への対応が遅れる
カスハラ対応に人員や時間が割かれると、通常業務が圧迫されます。電話がつながりにくくなる、問い合わせへの返答が遅れるといった事態を招き、結果的にほかの顧客を待たせてしまいます。カスハラ対応で精神的に消耗した従業員が、ほかの顧客に対して普段通りのサービスを提供できなくなる恐れもあります。
本来であれば迅速に対応できたはずの顧客を待たせる状況は、顧客満足度の低下を招きます。サービス品質への不満から、顧客が離れてしまうリスクが高まることが懸念されます。
カスハラの種類
カスハラは、発生する行為の内容により、次の4つに分類できます。
1. 身体的カスハラ
暴力や物を投げつけるなど、相手に直接身体的な危害を加える行為を指します。
2. 精神的カスハラ
暴言、脅迫、侮辱、人格否定など、相手に精神的な苦痛を与える行為を指します。
3. 性的カスハラ
従業員の容姿や身体に関する不適切な発言や、性的要求など、性的な嫌がらせに該当する行為を指します。
4. 業務妨害
執拗な電話、虚偽のクレーム、営業妨害など、業務の遂行に支障を来す行為を指します。
カスハラが増加している背景
カスハラ(カスタマーハラスメント)が増加している要因は、現代社会の構造的な問題が複合的に絡み合った結果であると考えられます。
1. 顧客側の要因:ストレスと自己中心性
現代はストレス社会であり、経済的不安、人間関係の希薄化など、人々は多くのストレスを抱えています。「お客様は神様」という言葉を誤解し、自己中心的な権利意識を持つ顧客が増加傾向にあることも、要因の一つです。
2. 企業側の要因:人手不足と顧客至上主義
多くの業界で人手不足が深刻化し、従業員の負担が増加しています。その結果、顧客対応に十分な時間を割けず、トラブルが生じやすくなっています。また、過度な顧客至上主義は、一部の顧客の増長を招き、理不尽な要求を助長する可能性があります。
3. 社会全体の変化:SNSと規範意識
SNSの普及は、匿名での誹謗中傷や炎上を助長し、企業は悪評を恐れて、カスハラに毅然とした対応がとりにくくなっていることが考えられます。社会全体の規範意識の低下も、問題を深刻化させています。
カスハラは、顧客、企業、社会全体がそれぞれの立場で対策を講じるべき、現代社会の課題と言えるでしょう。
カスハラに関する法律は?
カスハラに関わる法律は、大きく2つに分けられます。企業にカスハラ対策を義務づける法律と、カスハラをした顧客等(行為者)の言動に適用され得る刑法です。
労働施策総合推進法|2026年10月1日から全事業主の措置義務に
2026年10月1日、労働施策総合推進法の改正により第33条が新設され、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策が全事業主の措置義務になりました。企業規模や業種による適用除外はありません。
措置の内容を定めた厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)は、カスハラには対面で行われるものだけでなく、「電話やSNS等のインターネット上において行われるものも含まれる」と明記しています。
電話の窓口も含めて、自社の対応が指針の求める措置を満たしているか確認しておきましょう。
企業が講ずべき措置の内容や、違反した場合の行政措置は、以下の記事で解説しています。こちらもあわせてご覧ください。
関連記事:【2026年10月施行】カスハラ対策が義務化!指針をもとに企業がすべきことを解説
カスハラ行為に適用され得る刑法の罪
カスハラをした顧客等(行為者)本人が処罰の対象になる刑法についてもおさえておきましょう。
行為の内容によっては、次のような罪に当たる可能性があります。どの罪に当たるかは、個別の事情によって判断されます。
罪名 | 条番号 | 当たる可能性がある行為の例 |
|---|---|---|
傷害罪 | 刑法第204条 | 従業員に暴力を振るい、けがを負わせる |
暴行罪 | 刑法第208条 | 従業員を殴る・物を投げつけるなど、けがに至らない暴力を加える |
脅迫罪 | 刑法第222条 | 従業員やその親族の生命・身体・名誉・財産に危害を加えると告げて脅す |
強要罪 | 刑法第223条 | 脅迫や暴行によって、土下座など義務のないことをさせる |
恐喝罪 | 刑法第249条、刑法第250条(未遂) | 脅して金品を支払わせる |
名誉毀損罪 | 刑法第230条 | SNS等で事実を挙げて、従業員や企業の社会的評価を下げる |
侮辱罪 | 刑法第231条 | 人前やSNS等、多くの人が見聞きできる場で従業員を侮辱する |
信用毀損罪・偽計業務妨害罪 | 刑法第233条 | うその情報を広めたり人をだましたりして、企業の信用を傷つける・業務を妨害する |
威力業務妨害罪 | 刑法第234条 | 大声で怒鳴り続ける、電話をかけ続けるなどして業務を妨害する |
不退去罪 | 刑法第130条 | 店舗や窓口で退去を求められても居座り続ける |
参照:刑法|e-Gov法令検索
企業がカスハラ対策を行う必要性
2026年10月から、カスハラ対策は全事業主の措置義務となりました。
ただ、義務だから取り組むというだけでなく、単なる「従業員保護」の枠を超え、企業価値の向上、リスクマネジメント、そして持続可能な成長に不可欠な取り組みとなっています。
1. 従業員の心身の健康と安全を守る
カスハラは、従業員の心身に深刻な影響を及ぼします。精神的なストレス、不安、うつ病、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などを引き起こし、最悪の場合、休職や離職につながることもあります。企業は、従業員が安心して働ける環境を提供する法的・倫理的責任があります。
2. 企業の生産性向上と離職率の低下
カスハラは、企業の生産性を低下させる大きな要因です。従業員がカスハラ対応に時間を取られたり、精神的なダメージでパフォーマンスが低下したりすることで、業務効率が悪化します。カスハラ対策を徹底することで、従業員は本来の業務に集中できるようになり、生産性向上が期待できます。また、安心して働ける職場環境は、従業員の定着率を高め、人材流出を防ぐ効果もあります。
3. 企業イメージと社会的評価の向上
カスハラ対策に積極的に取り組む企業は、「従業員を大切にする企業」「顧客と真摯に向き合う企業」というポジティブなイメージを社会に発信できます。これは、企業のブランド価値を高め、採用活動や投資家からの評価にも好影響を与えます。
4. リスクマネジメントの強化
カスハラを放置すると、法的トラブルに発展するリスクがあります。従業員から安全配慮義務違反を問われたり、損害賠償請求を受けたりする可能性もあります。また、SNSで悪評が拡散され、企業の評判が大きく損なわれることもあります。カスハラ対策は、こうしたリスクを未然に防ぐための重要な取り組みです。
カスハラ対策は、もはや「コスト」ではなく、企業の未来への「投資」です。積極的に対策を講じることで、従業員を守り、顧客との良好な関係を築き、企業価値を高めることができます。
具体的なカスハラ対策事例
ヤマト運輸
配達員への暴言や過剰な要求が増加したため、ヤマト運輸はカスハラ対策として対応マニュアルを作成し、社員研修や24時間対応の相談窓口を設置しました。カスハラ発言リストをもとに一貫した対応を可能にし、社員の安全意識向上を図っています。
日本航空(JAL)
客室乗務員への過度な要求を受け、日本航空は段階的な対応方針を策定。状況に応じて口頭での注意や書面通知など段階的に対応するルールを整備し、定期的な社員研修を通じて対応スキル向上に努めています。
効果的なカスハラ対策システムの導入
企業がカスハラ対策を効果的に行うためには、技術的なサポートが不可欠です。以下のシステムを導入することで、従業員の負担軽減や問題の早期発見が期待できます。
- 記録システム:音声や映像を記録するシステムは、顧客とのやり取りの正確な記録を残し、「言った言わない」のトラブルを防ぎます。また、証拠として活用することで、従業員を守るための法的な裏付けとなり、顧客の不適切な言動を抑制する効果も期待できます。
- IVR(電話自動応答システム):顧客からの問い合わせ対応を自動化することで、従業員が直接対応する前に過度なクレームやカスハラ行為を軽減できます。特定の質問や簡単な手続きはIVRで完結できるため、従業員が対応するケースを減らし、負担の軽減に貢献します。
- 顧客管理システム(CRM):過去のトラブル履歴や顧客の行動パターンを把握することで、トラブルの発生しやすい顧客に対し、事前に適切な対応準備が可能です。これにより、迅速かつ一貫した対応が実現し、顧客満足度の向上にもつながります。
- AIチャットボット:よくある質問や簡単な手続きにはAIチャットボットを導入し、24時間対応が可能な体制を整えることで、従業員の対応件数を削減します。営業時間外の顧客対応もでき、満足度を向上させつつ、カスハラリスクを抑えることができます。
これらのシステムを適切に導入し運用することで、従業員の負担軽減と健全な職場環境の維持が実現できます。企業にとって、効率的なカスハラ対策は、従業員のモチベーション向上や企業全体のイメージ向上に寄与する重要な施策といえるでしょう。
