鈴鹿サーキットがアイブリーで挑む、人 海戦術からの脱却と数千件の顧客接点の資産化

F1日本グランプリの開催地として知られる「鈴鹿サーキット」。レースのチケット、遊園地の案内、ホテル・レストランの空き状況や予約確認。このようなあらゆるお問い合わせが、数千件、たった1つの部署に集中します。コロナ禍からの需要回復に伴い、その膨大な電話対応は経営上の大きな課題となっていました。
本記事では、ホンダモビリティランド株式会社 鈴鹿サーキット カスタマーサービス部 営業・予約サービス課 主任の高橋さんと、長きに渡り電話業務に従事してきた同部の大井さんにインタビューを実施。属人的な人海戦術モデルから脱却し、機会損失の解消とブランド体験の高度化に繋げた対話型音声AI SaaS「アイブリー」導入の背景から具体的な活用法、そして現場にもたらされた劇的な変化について、詳しくお話を伺いました。
アイブリー導入の成果サマリー
- コスト構造改革と労働リスクのヘッジ:AIによる自動振り分け(14のルール設定)により、スタッフの電話応対当番を1日2回から1回へと50%削減。多様な専門知識が必要な4事業の受電業務をAIで標準化し、繁閑の波を労働力の「人海戦術」で吸収する形からAIを活用した効率的なモデルへと転換することで事業継続リスクを抑制。
- 機会損失の解消とブランド体験の高度化:24時間365日の自動受付体制を構築。留守番電話では取りこぼしていた夜間や営業時間外の問い合わせに対し、SMS案内も活用し、顧客体験を向上。F1等の大規模イベント時に、外部ベンダーを介さず現場主導で即座に応対ルールを変更できるアジリティ(機敏性)を確保。
- 顧客の声のデータ資産化:月間数千件の着電データを蓄積し、可視化。文字起こし機能を活用することで応対品質の振り返りが容易になり、CS(顧客満足度)向上のための強固な基盤を構築。
モータースポーツ、アミューズメント、リゾート、交通教育。4つの事業で「喜び・楽しさ・感動」を届ける
ホンダモビリティランド株式会社は、Honda創業者である本田宗一郎氏の「クルマはレースをやらなければ良くならない」という信念のもと、1962年に開業した日本初の本格的レーシングコース「鈴鹿サーキット」を運営しています。

F1日本グランプリや鈴鹿8耐など国内外の人気レースを開催する「モータースポーツ事業」、鈴鹿サーキット・パークを運営する「アミューズメント事業」、ホテルやレストランを擁する「リゾート事業」、そして「交通教育事業」。「人と自然を心豊かに結ぶモビリティ文化を創造し、喜び・楽しさ・感動を広く社会に提供し続ける」という社是のもと、これら4つの事業軸で施設を展開しています。
本田宗一郎と共にHondaを世界的企業に育てた藤澤武夫氏が構想した「お客様自身が操縦する遊園地」という精神は、60年以上を経た今も健在です。「乗った人が自分で操り、その喜びや達成感を感じていただく。その精神が、現在のスタッフにも脈々と引き継がれています」この顧客体験への強いこだわりが、同社が挑んだ電話対応改革の根底にも流れています。
「出られる人が出る」体制の限界
鈴鹿サーキットの代表電話には、4事業にまたがる多種多様なお問い合わせが1つの番号に集中します。コロナ禍で一時的に受電量は減少していましたが、行動制限の緩和とともにお客様の足が急速に戻り始めました。
「私がこの部署へ異動してきた時、まさにその波が押し寄せていました。スタッフ全員で、鳴り続ける電話に対応していたのです」と、高橋さんは当時を振り返ります。「当施設には多様な事業があるため、お問い合わせの内容も多岐にわたります。それらすべてに的確に応えるのは、決して簡単なことではありませんでした」(高橋さん)

当時の対応策として、同社は「オペ集中制度」という独自の内部ルールを設けていました。「10時半からの1時間は電話対応に集中し、その後の1時間は自分の業務に戻ってよい」という時間割制です。役割を明確にしたことで応答率は改善したものの、それでも1日2回はオペレーター当番が回ってきます。営業活動やサービス企画といった、他の注力すべき業務の時間は依然として圧迫されていました。
もう一つの構造的な課題は、「24時間対応」による現場への負荷です。お客様視点を重視する同社は、夜間にかかってくる代表電話をホテルのフロントへ転送していました。しかし、ホテルのスタッフが遊園地やレースの専門的な質問に答えることは難しく、夜間の顧客体験には課題が残されたままだったのです。
さらに、F1日本グランプリなどの人気レースのチケット発売日やレース開催日にはお問い合わせが爆発的に増加し、通常業務が完全にストップしてしまうほどの負荷がかかります。一方で、冬場のオフシーズンには着電数が激減する。この激しい繁閑の波に人員配置の調整だけで対応し続けることは、コスト面でも人材確保の面でも、すでに限界を迎えていました。
こうした過酷な状況下で解決策を模索する中、同社はアイブリーと出会います。
「お客様目線」で設計する、AIと人の最適な役割分担
自社で柔軟にコントロールできる振り分けルール
アイブリー導入の最大の決め手は、振り分け設定の「柔軟性」でした。
「システムの分岐設定をベンダーに依頼するのではなく、現場の状況に合わせて自分たちで自由にカスタマイズできる点が非常に大きかったです」と高橋さんは語ります。
同社は、4事業にまたがるお問い合わせを、緊急性・売上への関連度・対応難易度に応じて、大きく2つのチャネルへ振り分ける設計を構築しました。
- 電話転送:緊急性が高い案件、売上に直結する予約や購入関連、複雑な個別対応が求められるお問い合わせ。
- SMS案内:Webサイトの情報で解決可能な質問、営業時間や施設案内といった定型的な情報提供。
この振り分けの判断基準は、あくまで「お客様にとって最適かどうか」です。
「基本はお客様目線で考えています。SMSのご案内で十分にご満足いただける場合はSMSを活用し、人が直接お話しした方が親切な場合は人が対応する。これまでの対応データが蓄積されているからこそ、的確な判断ができるようになっています」(高橋さん)
人気イベントのチケット発売日には「あえてオフ」に。イベントに合わせたダイナミックな運用
テーマパークやモータースポーツ施設ならではの活用法が、イベントの動向に合わせた「振り分けルールの動的な変更」です。
例えば、F1チケットの発売開始日にはチケット関連のお問い合わせを音声ガイダンスの上位に配置。F1キャンプ宿泊のキャンセル待ち受付期間には、専用フォームをSMSで送る対応で案内を完結させます。
「チケット完売後にスタッフが電話を受けた場合、『申し訳ございません』『なんとかなりませんか』といった長時間のやり取りが発生してしまいます。中にはどうにもならない状況に、感情的になられるお客様もいらっしゃいます。自動応答を挟むことで、双方にとっての精神的な負担が大きく軽減されます」(大井さん)

一方で、チケット発売直後のようにお問い合わせが1つの用件に極集中するタイミングでは、あえてアイブリーのシステムをオフにし、全社体制で一斉に電話を受けるという選択肢も用意しています。現場の状況に応じて切り替えの操作ができることが、同社の柔軟な運用体制を証明しています。
2026年3月26日からのF1日本グランプリ期間中は、新たにF1専用の分岐を追加し、アイブリーを稼働させた状態で運用しました。
「以前であれば電話が鳴り続けていたはずですが、今回はアイブリーが6割以上の着信に自動で応答してくれたため、電話対応に追われることもなく、数名のスタッフを現場の応援に回す余裕も生まれました」(高橋さん)
営業時間外と多言語対応。取りこぼしていた接点をカバー
18時から翌9時半までの営業時間外についても、アイブリーが自動で着電を受け付ける体制を構築しました。
「留守番電話からシステムによる自動化に変わったことで、休み明けの業務負担が少し楽になりました。以前は夜間に英語のお問い合わせがあっても対応しきれないケースがありましたが、そこをカバーできるようになったのは本当に助かっています」と大井さんは話します。
英語対応が可能なスタッフが1〜2名に限られ、時差の関係で夜間のお問い合わせも多い中、英語によるお問い合わせにはSMSを送信し、Webサイトの英語ページへスムーズに誘導する設計としました。「ホテルとセットで来られるツアーの方を含め、数ある施設の中から鈴鹿サーキットをお選びいただいたお客様です。可能な限り丁寧に対応したいと考えています」スタッフが不在の時間帯であっても、お客様へ確実に情報を届けられる体制が整いました。
アイブリー活用イメージ

明確な数字と、現場が実感する変化
アイブリーの導入により、定量的な指標だけでなく、現場の働き方にも大きな変化が表れています。
指標 | 導入前 | 導入後 |
|---|---|---|
自動化率 | 0% | 約45%(目標50%に対し順調に推移) |
オペレーター当番 | 1日2回 | 1日1回に半減 |
営業時間外対応 | 留守番電話(翌日にまとめて対応) | アイブリーによる即時自動受付 |
カスタマーハラスメント | あり | 録音アナウンスの効果で従来より減少 |
「やっと安息が訪れた」本来業務に集中できる環境の実現
「アイブリーを導入してから、電話当番が1日1回に減りました。大げさではなく、やっと安息が訪れたような感覚があります」
大井さんのこの言葉に、導入の真の価値が凝縮されています。一日中電話対応に追われていたスタッフが、顧客サービスの企画や営業活動にじっくりと時間を割けるようになりました。
「席を外しやすくなったのも、想定外の嬉しい効果ですね」と大井さんは続けます。電話が鳴り続けるプレッシャーから解放され、心身ともに余裕を持って業務に取り組める環境が整いつつあります。

文字起こしが生み出した、応対品質改善のサイクル
「電話のやり取りが自動で文字起こしされるため、自分たちの言葉遣いを見直したり、CS向上の施策に活かしたりできるという声も上がっています」(大井さん)
住所の聞き取りなど、正確性が求められる場面では「あとで録音を聞き返せるから安心だ」と、現場のスタッフからも好評です。単なる業務効率化にとどまらず、自らの応対を振り返り、品質を高めていくポジティブなサイクルが生まれ始めています。
録音アナウンス効果によりカスタマーハラスメントが減少
「スタッフが心理的負担を感じるようなお電話は減りましたね。というか、ほとんどなくなっているかもしれません」と大井さんは語ります。
通話開始時の「録音アナウンス」が自然な抑止力として機能しているのに加え、イベント開催時やお客様が沢山ご来場されている時などの感情が高ぶりやすい場面では、AIの自動応答が一次対応を担います。スタッフが直接矢面に立つ機会そのものが減ったことが、大きな要因です。

伴走型のサポートが、社内の改善活動を加速させる
「最初は正直、振り分けのルールをどう設定すればよいか手探りでした。しかし、アイブリーの担当者からとても手厚いフィードバックをいただき、『なるほど、こういう視点で分析すればいいのか』と理解が深まりました」
アイブリーのサポートチームは、約3ヶ月間にわたり詳細な分析データを提供。着電件数や振り分けごとの流入数、転送の成功率に加え、SMS文面の最適化によるコスト削減策まで踏み込んだ提案を行いました。
「現場の『肌感覚』としては理解していても、それを他部署へ説明するのは難しいものです。第三者の視点で、客観的なデータに基づいた提案をいただけるおかげで、社内への説得が非常にスムーズになりました」この伴走支援が、組織全体の改善活動を力強く後押ししています。
今後の展望。データで磨く顧客体験と、全社への広がり
鈴鹿サーキットが次に見据えるのは、蓄積された「顧客接点データ」の本格的な活用です。
「データ分析機能の導入も検討しています。どこをどう改善すればお客様にとって最適なのか、しっかりとデータと向き合いながら施策を打っていきたいですね」と高橋さんは語ります。着電傾向の分析や振り分けルールの最適化、そして顧客満足度の定量的なモニタリングを通じ、データドリブンなCS向上サイクルの構築を目指しています。
さらに、代表電話の管轄にとどまらない、全社的な展開も視野に入れています。「自分たちの部門だけで完結させるのではなく、他部署をどう巻き込んでいくか。横の連携を強化しながら新しいサービスを展開していくことが、今後の重要なテーマだと感じています」
最後に、高橋さんは力強くこう締めくくりました。
「『お客様対応を大切にする』というのは、ホンダモビリティランドの根幹をなす考え方です。『リアルな感動体験をすべてのお客様にお届けする』というスローガンに沿って、丁寧な対応は絶対に欠かせません。DXやAIを万能視するのではなく、人が心を込めて対応すべきところは、しっかりと人が対応する。その最適なバランスを、これからも追求し続けていきたいと思っています」
AIにできることはAIに任せ、人にしか提供できない「感動体験」にこそ、人が集中する。鈴鹿サーキットのアイブリー活用は、テクノロジーと人間の本来あるべき役割を問い直す、先進的な実践と言えるでしょう。
